トップメッセージ
2000年9月1日に株式会社海津工業所の子会社として設立した株式会社発明工房の事業目的は、『環境、健康、ゆとりライフ』に関わる機器の研究開発、製造及び販売を行う事でした。まず最初に取り組んだのが、珈琲豆焙煎器「煎り上手」でした。
1999年春に日本スローフード協会が設立され、カゴメがパスタソース「アンナマンマ」のCMメッセージで「スローフードに帰ろう」を使い、環境ファッションマガジン「ソトコト」もスローフードを取り上げるようになっていました。やがて食文化のみでなく、生活様式全般やまちづくりを見直す動きが広がりました。「ゆっくり、ゆったり、心ゆたかに」を掲げるスローライフ・ジャパンが設立されたのも2001年頃のことです。「煎り上手」は、このような時代背景の中で誕生しました。
着想はスキーエアリアルから来ています。「雪の上のサーカス」とも呼ばれる人気の競技です。選手たちは約160cm程度のスキー板を使用し空中に飛び上がり、技を決め着地します。珈琲豆もこのように空中で回転させながら直火で焙煎すれば、煎りムラがなく焙煎できるのではないかと発想し、試行錯誤を繰り返してきましたが、試作が一発で成功することは稀なことなのですが、「first attemp success=初回成功」の商品となりました。
2番目に挑戦した商品が「浄水器」です。おいしいコーヒーはおいしい水からが発想の原点ですが、家中まるごと健康浄水のセントラル浄水器にたどり着くには、紆余屈折を経験しました。活性炭をつねに最良の状態に保つために世界初の内部クリーン機能を搭載し、毎晩熱湯殺菌・洗浄を行いますが、夏と冬では水道水の水温の差が約15℃もあり、その温度差の課題解決に苦労しました。また、シーズヒーターでお湯を沸かすと、内壁にSiO2(シリカ)が付着して絶縁状態になり通電しなくなったり、熱湯殺菌・洗浄に使用した熱湯を排水する際に温度を50℃以下にする課題など問題山積でした。その間、私自身大病を患い、事業もリーマンショック、コロナショックの大波をかぶりながら、20年間の歳月を経てようやく現在の形になりました。
ここで少し自慢話をします。
「叔父さん!ありがとう!」私の姪のうれしそうな顔を見て、私も「良かったね!」とうなずきました。
コロナのパンデミックで、ニューヨーク在住の姪が日本に帰国できない状態が3年間続き、ようやく国際便が飛ぶようになり、私の父親の法事に間に合わせて、実家に帰ってきたのです。久々に会った顔には笑顔がありました。じつは、今回の帰国前、彼女に1つ心配があったのです。実家のお風呂です。以前入浴して、身体中真っ赤になるアトピー性皮膚炎を発症した体験をしていたのです。私は弟の話を聞いて「うちの浄水器(セルフ・ガード)を設置したらどうか?」と勧め、設置することになりました。やがて姪は実家に帰り、法事の日を笑顔で迎えることができたのでした。
人から感謝されることは、誰でもうれしいものです。
「世のため、人のために貢献する」という高い志を持って、残りの人生を生きていきたいと思います。
代表取締役